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けーか。

何となく史記から刺客列伝・荊軻について。
如何せん長いんで何回かに分けます。


■刺客列伝とは

史記は本紀・表・書・世家・列伝で構成されています。
量で言うと、史記は全部で130巻ありますが、それぞれの巻数は本紀が12巻、表が10巻、書が8巻、世家が30巻、列伝が70巻といったところです。

この中の、「巻八六 刺客列伝第二六」ってのがいわゆる「刺客列伝」です。
ちなみに鴻門の会とかで有名な項羽本紀は「巻七 本紀第七 項羽本紀」。

刺客列伝には五人の人物が立伝されています。ざっと説明すると、
1.曹沫……魯の人で魯の荘公に信任される。斉との領土割譲を含めた和議の会盟において、臨席していた斉の桓公に掴みかかって匕首を突き付け、講和条件であった魯の領土割譲を白紙に戻す。
2.専諸……呉の人。伍子胥の推薦で呉の公子光(後の呉王闔閭)に仕え、魚の中に隠していた匕首で呉王僚を暗殺。
3.豫譲……晋の人。趙襄子を暗殺しようとするも失敗。「士は己を知るものの為に死す」という言葉を残す(「知己」の語源)
4.聶政……韓の生まれだったが後に斉に移住。厳仲子の依頼で韓の宰相、侠累を暗殺。暗殺後、自身も自殺。
5.荊軻……衛の人。燕に移住し、処士田光先生を通じて燕の太子丹から秦王政(始皇帝)の暗殺を依頼される。命を帯びた荊軻は秦に赴き、秦王とも面会を果たすもあと少しの所で失敗。「傍若無人」の語源。

こんなところでしょうか。で、今回はその中の荊軻をピックアップしたいと思います(`・ω・´)



じゃあ本文から。

荊軻者,衛人也。其先乃齊人,徙於衛,衛人謂之慶卿。而之燕,燕人謂之荊卿。
(荊軻は衛の人である。祖先は斉の出身で元々の姓は慶氏であり、斉の名家であった為に衛に移住した時に慶卿と衛の人々は呼んだ。北の燕へ移住すると転訛して荊卿と呼ばれるようになった。)
荊卿好讀書撃劍,以術説衛元君,衛元君不用。其后秦伐魏,置東郡,徙衛元君之支屬於野王。
(荊軻は読書と撃剣を好んでいた。荊軻は自説を衛の元君に説いたのだが、元君は採用しなかった。やがて秦が魏の濮陽を攻撃し、東郡を置くと元君は野王へ配置替えとなった。)
註:当時の衛は魏の属国。魏がやられる=衛あぼーん

次回はこの続きから。短くてすんません(汗)
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コメント

荊軻も衛の出身だったのか。
ちっちゃい国のくせに商鞅が公族にいたり、孔丘とか重耳が彷徨ってきたり何気に人材の流通はしっかりしてるよなー。(流通したら駄目じゃん)
話がぶっ飛びますが荊軻が待っていた友人ってのが張良先生だったら、と思うと脳内麻薬がどばどば分泌されます。ビバ妄想。

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