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4/11 「もうひとつのParaiso(鈴木霞丸さま)」を追加しました。
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三省六部九寺一台、それと五監。
隋〜宋まで一気に学校でやったんでおさらい風味に唐代の中央官制として有名な三省・六部・九寺・一台・五監について。
■三省(尚書省・門下省・中書省)
中央政府の中枢です。これら三省の長官は俗に言う「宰相」として権力を振るう事になります。
・中書省(詔勅の起草)
その起源は三国時代の魏まで遡ることになります。元々は漢代にもあったんですが、当初は後宮などの内廷の秘書みたいな仕事からスタートしてます。「史記」で有名な司馬遷も宮刑に処せられた後、赦されて中書令に任免されてます。
やがて中書省は国政にも参画するようになり、宰相格となります(三国時代)。
やがて門下省の登場によって若干の地位の減退は見られますが、宰相格としての地位は変わりません。
唐代において中書省は詔勅の起草と上奏に対する答えの草案の作成を行い、長官である中書令(定員2名・正三品)の下に中書侍郎(定員2名・正四品上)、中書舎人(正五品上下)があります。
中書令は宰相の一として権勢を振るっていましたが、やがて宰相の権限が同中書門下平章事に移行すると形骸化し始めます。北宋代では単なる名誉職となりました。
・門下省(詔勅の審議)
主に詔勅の審議と上奏文の審議を行います。ここを通さないと効力は発効しませんからその権限は強大なものとなります。南北朝時代ではとても尊重された職務だったようです。
ですが、唐代に入って形骸化し、玄宗の頃に門下省は中書省に吸収され、併せて中書門下と呼ばれるようになりました。
門下省の長官は侍中(定員2名・正三品)です。なお、侍中という官職自体は以前から存在しており、かつては皇帝の側近として皇帝の落ち度を補う役職でした。秦代では丞相の属官として、漢代では加官として、そして魏に入ってから枢機を扱うようになり、唐代へ至りますが、元代に入って廃止されました。
・尚書省(詔勅の実行)
主に中書省・門下省を通して決定した詔勅をその下にある六部に伝えて実行する実務機関としての顔を持っています。
その起源を遡ると前漢まで遡ります。当時は機密書類を扱う役職でしたが、やがて権限を増していき、後漢では尚書台が置かれ、非常設の録尚書事、長官の尚書令(定員1名)、副長官の尚書僕射(定員2名)が置かれました。尚書台は魏晋の時代で尚書省と改称され、録尚書事が事実上の宰相職となってそれまでの機密文書の取り扱いは中書省が行うようになると同様の理由で中書令に取って代わられ、尚書省は実務機関となりました。
唐代においては尚書令は太宗が皇子の時に就いていたことから皇太子のみが就任できる名誉職となり、尚書僕射(右僕射・左僕射)が長官となって政務を執りました。
■六部(吏・戸・礼・兵・刑・工部)
尚書省が統轄しています。実務機関の中心です。
・吏部
文官の任免賞罰を担当します。兵部と並んで六部の筆頭格です。
・戸部
財政・税務・土地・戸口を担当し、漢代の大司農に相当します。隋代では民部尚書と呼ばれていましたが、唐代では太宗の諱を避けるために戸部尚書と改称されました。
・礼部
礼楽儀杖・教育・国家祭祀・宗教・外交・科挙などの担当です。科挙の学術試験はここの管轄です。
・兵部
軍事・武官人事を担当します。吏部と並んで六部の筆頭格と目され、唐の開元年間以降のの宰相は兵部尚書か吏部尚書を兼任しています。
・刑部
司法の担当です。大理寺の職務を移管されました。
・工部
土木事業の担当ですが、六部中最も扱いが悪いです。
■九寺(太常・光禄・衛尉・太僕・大理・鴻臚・宗正・司農・太府)
中央政府の事務執行機関です。しかし、大半の職務は六部に移管され、唐代では有名無実化しています。
秦漢の頃は九卿と呼ばれていました。
・太常寺
祭祀と儀礼を担当する官庁。国家による天や社稷の祭祀を執り行い、宮廷の音楽、医者、占卜などを管理します。
・光禄寺
宮中の諸事を司る官庁。宮廷の宴会やそれに供される酒食を準備します。
・衛尉寺
宮廷の武器の管理と宮廷の警備を行う官庁。宮中の武器庫を管理し、儀礼の際の警備や儀仗を司ります。
・宗正寺
皇帝の親族に関わる事務を統括する官庁。皇族・宗族・外戚の簿籍を管理し、皇族の陵墓や廟を守り、道士や僧侶を統括します。
・太僕寺
国家の車・馬などを担当する官庁。宮廷の厩舎、牧場、車庫を管理し、行幸に供奉します。
・大理寺
法務機関です。本来は司法・裁判のことを司り刑罰を施行しましたが、刑部に機能を奪われました。
・鴻臚寺
外国使節の応接、対応を司る官庁。到来した使節を迎え、宿舎と食事を給し、儀礼を取り仕切ります。また、官僚の身内の不幸に関する儀礼も司っています。平安時代の日本に置かれた鴻臚館の名は、鴻臚寺に由来しています。
・司農寺
国庫に収める穀物・貨幣などの管理を行う官庁。本来の国家財政機関ですが、戸部に機能を奪われました。
・太府寺
財貨と交易のことを司る官庁。都の市、蔵、常平を管理し、官僚の俸給を出納し、物価の管理を行います。
■一台(御史台)
・御史台
官吏の監察を行います。トップは御史大夫です。
■五監(国子監・少府監・軍器監・将作監・都水監)
九寺同様中央政府の事務執行機関ですが、形骸化し最終的に国子監を残して消滅しました。
・国子監
儒学の普及督学に務めるために設けられた官庁。儒学を講ずる国子学・太学(共に中央の国営学問所。入学資格に違いがある)や律学、書学、算学など実務を担当する下級官吏を養成する学校を管理します。
・少府監
たんに少府とも。職工に関する庶務を司る官庁。宮廷で用いられる皇帝・后妃・官僚の衣服や金属器を作り、貨幣の鋳造を行います。
・将作監
土木工作に関する庶務を司る官庁。宮殿、城壁、役所などの建設を行う国営の土木事業機関です。
・軍器監
武具の製造と修理を司る官庁。被官に弩坊署と甲坊署をもち、弓矢・甲冑を製造します。
・都水監
河川・港湾・堤防・運河など水利事業に関わる一切を司る官庁。漁労や水運、港を監督しています。
■三省(尚書省・門下省・中書省)
中央政府の中枢です。これら三省の長官は俗に言う「宰相」として権力を振るう事になります。
・中書省(詔勅の起草)
その起源は三国時代の魏まで遡ることになります。元々は漢代にもあったんですが、当初は後宮などの内廷の秘書みたいな仕事からスタートしてます。「史記」で有名な司馬遷も宮刑に処せられた後、赦されて中書令に任免されてます。
やがて中書省は国政にも参画するようになり、宰相格となります(三国時代)。
やがて門下省の登場によって若干の地位の減退は見られますが、宰相格としての地位は変わりません。
唐代において中書省は詔勅の起草と上奏に対する答えの草案の作成を行い、長官である中書令(定員2名・正三品)の下に中書侍郎(定員2名・正四品上)、中書舎人(正五品上下)があります。
中書令は宰相の一として権勢を振るっていましたが、やがて宰相の権限が同中書門下平章事に移行すると形骸化し始めます。北宋代では単なる名誉職となりました。
・門下省(詔勅の審議)
主に詔勅の審議と上奏文の審議を行います。ここを通さないと効力は発効しませんからその権限は強大なものとなります。南北朝時代ではとても尊重された職務だったようです。
ですが、唐代に入って形骸化し、玄宗の頃に門下省は中書省に吸収され、併せて中書門下と呼ばれるようになりました。
門下省の長官は侍中(定員2名・正三品)です。なお、侍中という官職自体は以前から存在しており、かつては皇帝の側近として皇帝の落ち度を補う役職でした。秦代では丞相の属官として、漢代では加官として、そして魏に入ってから枢機を扱うようになり、唐代へ至りますが、元代に入って廃止されました。
・尚書省(詔勅の実行)
主に中書省・門下省を通して決定した詔勅をその下にある六部に伝えて実行する実務機関としての顔を持っています。
その起源を遡ると前漢まで遡ります。当時は機密書類を扱う役職でしたが、やがて権限を増していき、後漢では尚書台が置かれ、非常設の録尚書事、長官の尚書令(定員1名)、副長官の尚書僕射(定員2名)が置かれました。尚書台は魏晋の時代で尚書省と改称され、録尚書事が事実上の宰相職となってそれまでの機密文書の取り扱いは中書省が行うようになると同様の理由で中書令に取って代わられ、尚書省は実務機関となりました。
唐代においては尚書令は太宗が皇子の時に就いていたことから皇太子のみが就任できる名誉職となり、尚書僕射(右僕射・左僕射)が長官となって政務を執りました。
■六部(吏・戸・礼・兵・刑・工部)
尚書省が統轄しています。実務機関の中心です。
・吏部
文官の任免賞罰を担当します。兵部と並んで六部の筆頭格です。
・戸部
財政・税務・土地・戸口を担当し、漢代の大司農に相当します。隋代では民部尚書と呼ばれていましたが、唐代では太宗の諱を避けるために戸部尚書と改称されました。
・礼部
礼楽儀杖・教育・国家祭祀・宗教・外交・科挙などの担当です。科挙の学術試験はここの管轄です。
・兵部
軍事・武官人事を担当します。吏部と並んで六部の筆頭格と目され、唐の開元年間以降のの宰相は兵部尚書か吏部尚書を兼任しています。
・刑部
司法の担当です。大理寺の職務を移管されました。
・工部
土木事業の担当ですが、六部中最も扱いが悪いです。
■九寺(太常・光禄・衛尉・太僕・大理・鴻臚・宗正・司農・太府)
中央政府の事務執行機関です。しかし、大半の職務は六部に移管され、唐代では有名無実化しています。
秦漢の頃は九卿と呼ばれていました。
・太常寺
祭祀と儀礼を担当する官庁。国家による天や社稷の祭祀を執り行い、宮廷の音楽、医者、占卜などを管理します。
・光禄寺
宮中の諸事を司る官庁。宮廷の宴会やそれに供される酒食を準備します。
・衛尉寺
宮廷の武器の管理と宮廷の警備を行う官庁。宮中の武器庫を管理し、儀礼の際の警備や儀仗を司ります。
・宗正寺
皇帝の親族に関わる事務を統括する官庁。皇族・宗族・外戚の簿籍を管理し、皇族の陵墓や廟を守り、道士や僧侶を統括します。
・太僕寺
国家の車・馬などを担当する官庁。宮廷の厩舎、牧場、車庫を管理し、行幸に供奉します。
・大理寺
法務機関です。本来は司法・裁判のことを司り刑罰を施行しましたが、刑部に機能を奪われました。
・鴻臚寺
外国使節の応接、対応を司る官庁。到来した使節を迎え、宿舎と食事を給し、儀礼を取り仕切ります。また、官僚の身内の不幸に関する儀礼も司っています。平安時代の日本に置かれた鴻臚館の名は、鴻臚寺に由来しています。
・司農寺
国庫に収める穀物・貨幣などの管理を行う官庁。本来の国家財政機関ですが、戸部に機能を奪われました。
・太府寺
財貨と交易のことを司る官庁。都の市、蔵、常平を管理し、官僚の俸給を出納し、物価の管理を行います。
■一台(御史台)
・御史台
官吏の監察を行います。トップは御史大夫です。
■五監(国子監・少府監・軍器監・将作監・都水監)
九寺同様中央政府の事務執行機関ですが、形骸化し最終的に国子監を残して消滅しました。
・国子監
儒学の普及督学に務めるために設けられた官庁。儒学を講ずる国子学・太学(共に中央の国営学問所。入学資格に違いがある)や律学、書学、算学など実務を担当する下級官吏を養成する学校を管理します。
・少府監
たんに少府とも。職工に関する庶務を司る官庁。宮廷で用いられる皇帝・后妃・官僚の衣服や金属器を作り、貨幣の鋳造を行います。
・将作監
土木工作に関する庶務を司る官庁。宮殿、城壁、役所などの建設を行う国営の土木事業機関です。
・軍器監
武具の製造と修理を司る官庁。被官に弩坊署と甲坊署をもち、弓矢・甲冑を製造します。
・都水監
河川・港湾・堤防・運河など水利事業に関わる一切を司る官庁。漁労や水運、港を監督しています。
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